
家庭内でも思いがけないところで起きてしまう「やけど」。その程度によっては命を落とす恐れもあります。
2024年の1年間にやけどの患者約30人を受け入れた米子市の鳥大附属病院高度救命救急センターでは、やけどが原因で失われる命をひとつでも減らそうと、医師たちが奔走しています。その最前線を取材しました。
米子市の鳥大附属病院では3月、爆発事故による重度のやけど患者3人が相次いで搬送されてきました。高度救命救急センターのスタッフは、慌ただしくその対応に追われていました。
搬送された3人は、いずれも「3度熱傷(数字はローマ数字)」と呼ばれる重度のやけど。表皮、真皮だけでなく、その下の「皮下脂肪層」にまでやけどが及ぶ危険な状態で、全身の15%程度でも死に至る可能性があります。
対応にあたったスタッフの1人が、センター長の上田敬博医師。
2019年に起きた京都アニメーション放火殺人事件で、全身の93%に重度のやけどを負った青葉真司被告(当時)の救命にもあたったやけど治療の第一人者です。
鳥大附属病院高度救命救急センター・上田敬博医師:
全身40%の重度熱傷で、デブリードマンと植皮術します。
事故発生から3日後、両腕を中心に全身の4割に「3度熱傷」を負った男性の手術が行われました。
感染症の原因にもなる壊死した組織を取り除き、失われた真皮と表皮を「再構築」します。
上田医師:
こうやって通して。メッシュ=網目状にするという…。
上田医師が特殊な機械に通しているのは、厚さ約1000分の5ミリに切り取った患者の皮膚です。
上田医師:
こういう感じで3倍に広がるので、これを移植して…。この穴の間はどんどん自分の力で皮膚が広がって上皮化して埋めていく。これが古いやり方。
患者自身の皮膚を、患部に網状につけていく従来の治療法です。しかし…。
上田医師:
熱傷範囲が広すぎる。皮膚が足りない。
この患者のように、やけどの範囲が広い場合、患者の皮膚だけでは足りません。そこで使われるのが「自家培養表皮」を使う方法です。
上田医師:
培養表皮というのが、正常皮膚からとった表皮を培養して大きくするものです。できれば4センチ×8センチくらい四方の正常の皮膚を真皮まで採取する。それを3~4週かけて培養しています。
他人の皮膚を移植した場合に起こる免疫拒絶反応が起きないのが大きなメリットです。培養された表皮と、タンパク質やコラーゲンから作られた人工真皮と組み合わせて使い、その下の脂肪層に定着させます。
この治療法は、京アニ放火殺人事件の青葉真司被告(当時)の救命のため、上田医師が確立したもので、今も改良が重ねられています。
上田医師:
これが「マイクログラフト」。正常な真皮があって、その中に皮膚を発達させる細胞が入っている。これを粉砕して傷口に振りかけると真皮の発育が、組織の形成がよくなるんじゃないか。
鳥大病院では、2023年から導入されている「マイクログラフト」による治療法。
やけどが広範囲に及ぶ場合などに用いられ、人工真皮を移殖する前に、細かく砕かれた皮膚の組織を含む液を振りかけることで、人工真皮の構築を促進し、体液が傷口から漏れ出すのを抑えるなどの効果が期待されます。
やけど患者が亡くなる原因になる感染症リスクを低下、多臓器不全などによる合併症のリスクを抑え、生存率を高める可能性があるといいます。
上田医師:
培養表皮がくる3~4週間前までは、敗血症とか合併症をクリアするので、必死というか、後は祈るしかなかったんですよね。他に手段がなかったので。
手術から20日後、自家培養表皮が完成。表皮の移殖手術に漕ぎつけました。
上田医師:
今までこんなにきれいに真皮構築をすることはなかった。
「マイクログラフト」を使用した部分も経過は良好のようです。
この日、手術室に姿を見せたのは…3日前に鳥大病院に赴任したばかりの池田廉医師です。
上田医師:
ここに置きます…エアーがたまっていると浮いてくっつかないので、横に押し出すか、軽く穴をあけるか。培養表皮で一番怖いのは、透明なのでどこにつけたかわからなくなるのと、こちら側につけてる時に、手で触って破ってしまうとかがあるので気を付けてください。1枚15万円するので…。
上田医師からアドバイスを受けながら、およそ2時間で手術は終了、30枚の自家培養表皮をつけ終わりました。
上田医師:
熱傷指数は100を超えていて、他の病院では重症だが、この病院で死ぬことはない。ここからは社会復帰できるように持っていきたいと思っています。
患者の命を救うため、先進的な技術を治療に取り入れてきた上田医師。
上田医師:
今まで諦めているような人が助かるというところでは非常に大きい。
より多くの命を救うため、その先に見据えるのは…。
上田医師:
都市部から勉強するためにこちらの方に来てくれるという、今までにない逆転現象が
起こっています。自分だけしかできない治療というのは好ましくないので、どんどん後進を育てていけたらいいと考えています。